1-S 仕事の進め方 DOCDEX

前回は仕事の進め方としてスリランカの事例を挙げさせていただきました。

私のいた組織は基本的に事務処理を行わなきゃいけない部署です。物ごとを変えたり、通常でないイレギュラーなことを行わなきゃいけない時には、チームメンバーには最低限の手伝いのみやってもらいます。なぜならば、チームメンバーに大きく依存していしまうと、彼らが普段抱えている仕事が回らなくなってしまうからです。

 例外の原則といっても良いかもしれません。マネージャーは定型業務はメンバーに任せ、自らは戦略構築と非定型業務の意思決定を進めていくべきだと私は思います。しかしながら、世の中には、定型業務を自ら行う管理職のなんと多いことでしょうか。プレイングマネジャーなどと恰好の良い名前を付けられていたりもしますが、重要な戦略立案ができているのか、少し疑問に思います。一方で手を動かしていたら仕事をした気分になれるということで管理職自身の安心感を感じている可能性もあるかと思っています。

さて、今回のお話しは1本の社内電話から始まります。

大阪の営業部にいた以前海外で同じ事務所で働いていた後輩からの電話でした。

「韓国の取引先が突然倒産しました。経営者は夜逃げして会社にも連絡が付きません。船積みしてしまった三国間の貨物があるのですが、幸い決済条件はL/Cです。Discrepancyがなければ支払いは確保されるんですよね?」というものです。

私の回答は否定的でした。
確かに教科書通りの対応であれば、L/C条件に合致した書類を提示する以上、発行銀行の支払いは確約されているはずです。しかしながら、私の経験から考えると発行銀行は必ずなんらかのいちゃもんをつけてDiscrepancyがあると宣言して、支払確約を外してくると考えたのです。

状況を図式化するとこのような状態です。

船荷証券(B/L)は既に一部を仕向け地に直送していますので貨物の引き取りが可能となってしまいます。中国や韓国は書類の到着よりも船の到着の方が早く、B/Lがないと貨物の引き取りができないことから、B/Lの一部直送は珍しくありません。

上記取引の関係図を見ていただければ、わかるかと思いますが、最終仕向け地は倒産した韓国の取引先の子会社です。
中間に入っている韓国では輸入側と輸出側で異なる銀行を使用していることは違和感を感じます。
私の推測の域を出ないことではありますが、本件は計画された詐欺ではないかと感じています。
中国側子会社で貨物を引き取り、現金化することを目的に考えられたものではないだろうかというものです。

私は営業部の担当者と相談して方向性を確認しました。

①まずは、非の打ちどころのない書類を整えて通常通り銀行経由の決済に回す。
②決済されればそれでよいが、発行銀行がDiscrepancyを宣言して支払いを拒絶した場合には③の作戦に移行する。
③L/Cのルールブックともいえる信用状統一規則を制定している国際商業会議所に設置されている仲裁機関DOCDEXに持ち込んで我々の書類に非がないことを証明する
④その上で、韓国において発行銀行を提訴する。

DOCDEXという紛争解決の手段を知っている日本人はそう多くはないと思いますが、私の場合にはたまたま古い統合前の日商岩井のインドネシア案件でDOCDEXでL/C書類に問題がないことを証明してもらいながら現地の裁判で負けて控訴し続けているという案件の処理を手伝った経緯があり、なぜこれだけ強い証拠を得ながら裁判に負けてしまうのだろうと不思議に思った経験があったのです。おそらくは現地の弁護士に一任して何らフォローしなかったことが最も大きな原因だろうと思っています。

今回のケースでも、解決した後になって上記③を飛ばして現地韓国で提訴すれば、すぐに解決すると軽く言う人もいました。しかしながら私はそこにも疑問を投げかけてしまいます。上記インドネシアの例を知っていたこともありますが、一般の人々にとって貿易決済のルールというものはほぼ知られていないものだと思います。裁判官や弁護士で貿易決済に詳しい人など見たことがありません。また、先進国であっても、他国の企業が自国の企業を訴えた場合には自国の企業に甘くなってしまうのは已むを得ないことでもあろうと感じるのです。いきなり裁判に持ち込んでも必ずしも我々にとっては有利ではない。

ですので、今回はDOCDEXを使って、最強のカードを得たうえで、現地の弁護士に細かな指示を出して対応することと決めました。

その上で、担当者から取引している中で一番けんかに強い銀行を選ばせ、そこにL/C書類を持ち込むことにしました。持ち込みにあたっては銀行担当者に全てを話し、無用なDiscrepancyが宣言されるであろうことも伝え、協力を求めました。
当時、協力を快諾してくれた喧嘩に強い銀行はDeutsche Bank東京支店でした。当時、彼らは船積書類チェックはインドのチームが担当していましたが、東京支店担当者はインドチームも巻き込んでの協力を快諾してくれました。

書類を持ち込んで1週間ほど経過した頃に、予想通り発行銀行からDiscrepancyがあり支払保証が外れる旨の連絡が届きました。早速、瑕疵に当たらない旨の回答を送りますが、返答がありません。何度も督促し、提訴も辞さない姿勢を示したところ、極めて感情的な電文での回答が届き、先方もずいぶん焦っているなと感じたことを記憶しています。

その上で、我々は発行銀行にアポイントで面談を申し入れたうえで、韓国に出張して議論することにしました。この面談で論破されたうえで支払いを拒絶するようであれば、DOCDEXに訴えるよという議論というよりも最後通牒です。 

先方は支店長以下数名と問題の担当者が並んでおり、1時間ほどの議論でしたが、先方は韓国の地銀でこと外為に関してはほぼ素人であることは会話して数分で理解しました。彼らの主張を一つ一つ論破していきますが、あくまで支払いに言及しません。

別途ドイツ銀行のソウル支店の担当者から聞いたことですが、韓国の地銀では、取引先企業に与信を与えて損失を出した場合には銀行の担当者が自腹で弁済する習慣があるというのです。
なるほど支店長も担当者も首を縦にふれない理由がわかりました。

我々はDOCDEXに持ち込むこと。その上で韓国で提訴すること。請求金額は元本のみならずペナルティとしての遅延金利も含むこと。今回の出張やDOCDEX申請を含む費用も発行銀行に請求すること等を告げて、ソウルを後にして、DOCDEX手続きに入りました。

ICCの手続きは極めて円滑で1か月もせずに我々には全く瑕疵がなく、発行銀行は支払いの義務がある旨のレターを出してくれました。
我々はこの回答をもとに韓国で弁護士をアポイントし、弁護士経由発行銀行にDOCDEXからのレターコピーを添付した日本で言う内容証明付きの文書で請求を行ったところ、先方も万策尽きたと考えたのでしょう、元本に金利を上乗せしてDeutche Bank東京支店に支払いを実行してきました。

2011年2月のことで、既に30万ドルの引当損を覚悟していたはずですが、満額が回収されプラスに転じたことは期末を控えた営業部にとって逆転ホームラン的な状況だったのではないかと思います。

 



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